【本の感想】アガサ・クリスティー 『ナイルに死す』 加島祥造訳

アガサ・クリスティー 『ナイルに死す』 加島祥造訳、早川書房クリスティー文庫電子書籍版)、2012年発行を読みました。

原題は『Death on the Nile』です。

☆☆☆☆

もの言えぬ証人』に続く、名探偵エルキュール・ポアロシリーズの十五作目です。ゆったりした異国情緒ある旅情、多数の伏線、様々な人間模様、そしてロマンスが楽しめます。

異国情緒ある旅情

前書きで著者が「いま読み返しても、自分がふたたびあの遊覧船に乗ってアスワンからワディ・ハルファまで旅しているような気持ちなります。」と書くだけあって、ナイルの風景や様々な人たちとのふれあいは紀行文に近い楽しみが出来ます。

さらにそこに多数の伏線を用意しています。一見、退屈なところも無いわけではありませんが、後になってその伏線が次々と明らかになるため、再読するとまた楽しめます。

本当のことをなかなか言わない乗客たち

そこに様々な人間模様があります。さりげない一言や人間関係、透けて見えるようで見えない悩みなど、最初の殺人とは直接関係が無いようでも、後ほど他の事件に絡むこともあるためいい案配になっています。

とはいえ、事件の中心は被害者です。ポアロの台詞を引用すると、

リネット・ドイルのような人の周囲には、いろんなものがあるんです。いろんな矛盾した憎悪、嫉妬、羨望、意地悪。まるで蠅の群れみたいにブンブン――ブンブン――

というありさまです。読んでいて違和感を覚えてもそれが何かは分かりません。しかも、最初の殺人から物語の速度は徐々に加速していきます。事件は重なり、違和感ある発言に疑念は増えても、加速する速度に押されるようにして読み進めてしまう面白さがあります。

他の物語との関係

ひらいたトランプ』でも登場したレイス大佐が登場します。ヘイスティングズとは異なり、論理的に物事を整理する有能な同僚といった趣です。そのためか、ポアロが以下のように語ります。

「あなたには感服しますよ。あなたは、“きみの考えてることを話してくれ”なんてことを言わない。もし私がいま話せるんだったら、すぐ話すだろうと、あなたはちゃんと知っています。しかし、そうする前に、片付けねばならぬことがたくさんあるのです。(中略)」

この片付けねばならない問題は八つほどあります。それが事件の何に関わるのか分かればポアロと同じ位置に立っていることになります。それらの一部に違和感を覚えても、全てというは丁寧に読んでいても難しいのではないかと思います。

他にも『オリエント急行の殺人』の話が出てきます。インパクトあるシーンを振り返っているので、既読ならばいいですが、そうでないから『オリエント急行の殺人』での楽しみが一つ減ります。

ロマンス

紳士なポアロおじさんが彼女を諭すシーンは印象的です。太陽と月の話や、カップルの会話を横に呟く言葉などです。そしてロマンスのためにしっかりと押さえるところは押さえていくポアロの姿を楽しむことができます。やはりポアロはこうでないとと思います。

そして、分かっているミセス・アラートンとのやりとりが読後感を良くしています。

ポアロ「だからこそ、有名な恋物語はほとんど悲劇に終わっているのです」
ミセス・アラートン「でもありがたいことに、この世の中には幸福ってものもありますわ!」
ポアロ「その通り、マダム。それはありがたいことですな」

小事に目をつむり、幸福な解決策を用意するポアロの姿がここにあります。

さいごに

読ませる面白さです。トリックや犯行理由、誰が、どうして、よりも旅情と人間模様に面白さの重点を置いているように思いました。その面白さとその中にある伏線もあって、再読しても面白いです。

前書きで著者が「自分では、この作品は“外国旅行物”の中で最もいい作品の一つと考えています」と書くのも分かります。

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