【本の感想】アガサ・クリスティー 『死の猟犬』 小倉多加志訳

アガサ・クリスティー 『死の猟犬』 小倉多加志訳、早川書房クリスティー文庫電子書籍版)、2012年発行を読みました。

原題は『The Hound of Death and Other Stories』です。

☆☆☆

12の短編のほとんどはミステリではありません。神秘的なことや超常現象的なことを題材にした話がほとんどです。ミステリ以外のクリスティが楽しめます。

死の猟犬

神秘的な話です。患者の妄想か、神秘的な力なのか懐疑的に話は進みます。謎を探求する医師の怪しげなところや、本当に思わせるような描写が印象的でした。

最後は語り部である主人公が自分自身に言い聞かせるように終わるため、本当のところは分からないという余韻が面白いです。

赤信号

赤信号=嫌な予感です。

降霊会での危険な予言で話を煽って進むサスペンスな展開が面白いです。さらにそこに精神的な遺伝や愛が混じって混沌としてきます。翻弄される主人公とスピード感ある展開は面白いのですが性急すぎます。

最後の台詞で余韻を感じるところで置いてけぼり感が強いです。

第四の男

牧師と弁護士と医者が多重人格の女性を題材に話をしています。その女性は、ありえないことに自分で自分の首を絞めて自殺をしたといいます。以下引用します。

頸部についていた痕は彼女自身の指の痕だった。物理的には不可能じゃないが、おそろしく強い筋力と、ほとんど超人的な意志力を必要としたにちがいない自殺の仕方だよ。なぜこの娘がそんな羽目に追いこまれたかってことは、誰にも発見できなかった。もちろん彼女の精神的均衡はいつも不安定だったにちがいない。しかし事実はあくまでも事実だ。フェリシー・ボウルの謎は永遠に幕がおろされてしまったのだ

そこにその彼女を知る第四の男が現れて、その男から見た真相を語ります。そして立ち去る前に一言残します。以下引用します。

そこのお医者さんがたった今おっしゃいましたが、この世はすべて……」彼の手はキャノンの胃袋を突っついたので、キャノンは痛さに縮みあがった。「……仮の住居にすぎないのですからね。もしお宅に強盗が入ったら、どうするかおっしゃってみていただけませんか? 射ち殺すんじゃないでしょうか?」

自分の精神、もしくは頭が彼女と同じだとしたらどうするだろうか。そう考えてしまうような余地を残して終わるところがいいところです。

ジプシー

ジプシーが現れて「そこには行かないほうがいい」予言をします。そのうち、ジプシーでないものまでもジプシーに見えてきます。そんなジプシーの予言する世界に目線を合わせてしまった男とそうでない男の話です。

焦点をどちらに合わせるかで見えるものが違って、結果も違ってくるという不思議な話です。

ランプ

子供の幽霊が出る家に引っ越してきた家族の話です。

ホラー小説です。そうなるだろうなという結末になります。子を失うという悲しさが伝わってきます。特に親は悲しんでいるのに元気な子供の足音は聞こえ、やがて聞こえなくなるという最後のシーンは寂しい余韻を残します。

ラジオ

悪人小説です。ホラー小説と思わせて実は違ったという話です。

悪人をぬか喜びさせておいて、最後は罰が待っています。被害者の死因の作られ方や、悪人の思ったとおりにいかないこと、そして最後のオチと、三段構えになっているところが面白いです。

検察側の証人

ミステリです。

夫と妻で相手をどう思っているかが全く違うことを知る驚きや、どんでん返しに次ぐどんでん返しで話が進みます。そして最後はブラックジョークで笑わせてくれます。

ブラックジョークの切れ味がよくて面白いです。

蒼い壺の謎

超自然的な現象の存在を新しい科学用語の魔術に使われてまんまと騙されてしまいます。相手を小馬鹿にしたオチの手紙が面白いです。

アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件

東洋の魔術が関連した話です。怪談話だと思います。

因果応報により悪は倒れ、ヒーローは無事帰ってきて精神を取り戻しヒロインと結ばれるハッピーエンドというのは良いものです。

翼を呼ぶ声

唯物論者が神秘体験を得る話なのか、それとも神が唯物論者に見せた奇跡なのか、もしくは唯物論者にしかけた神の悪戯なのか。

正直なところ、よく分からない話です。

最後の降霊会

ホラー小説です。子供を失った金持ちの母親の自分勝手さが印象的です。主人公もなかなかの自分勝手で、パートナーの女性を困らせます。そして嫌な予感の通り、パートナーは犠牲となってしまいます。

この金持ちの母親が降霊会前にする話の端々に、今回のことが計画的であることが分かります。そのことに気づくとオチも分かってしまいます。

それでも降霊会のシーンとオチはなかなか強烈です。

S・O・S

雰囲気に敏感な男が、偶然訪れた何キロ四方何もない幽霊屋敷の家族の状況だけで、これから起きそうな事件を予測して、事が起きる前に解決してしまう話です。

ミステリーなのでしょうが、読み直すと冒頭の家族のやり取りにサイコな感じがして不気味です。

さいごに

ミステリもありますが、ミステリ以外でもクリスティはクリスティだなと思いました。『翼を呼ぶ声』のようによく分からない話もありましたが、他は概ね面白かったです。

その中でもジョークが効いている『ラジオ』、『検察側の証人』、『蒼い壺の謎』や、展開が分かっていても驚きの『最後の降霊会』や、悲しみの『ランプ』が面白いです。

『死の猟犬』や『第四の男』、『ジプシー』のように考えさせる余韻のある読後感も悪くないです。

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