アガサ・クリスティー 『動く指』 高橋豊訳、早川書房(クリスティー文庫電子書籍版)、2011年発行を読みました。
原題は『The Moving Finger』です。
☆☆☆☆
『書斎の死体』に続く、ミス・マープルシリーズの第三作目です。ミステリとして楽しむのではなく、ブラックユーモアありのコメディとして楽しめます。
ほとんど登場しないマープル
ミス・マープルシリーズのはずなのですが、マープルはほとんど登場しません。それでも登場すると鋭い推理から犯人を特定し、警察を巻き込んで一気に事件を解決してしまいます。
マープルがあまりにも鋭すぎるからちょい役のようになっているのじゃないかと思うほどです。ほとんど登場しませんし、主役顔して大立ち回りをするわけでも無いため、ミス・マープルシリーズであることを忘れてしまいそうになります。それほど印象に残りません。
それでも話はマープルがなかなか出てこなくても十分楽しいです。
魅力的な主人公兄妹
匿名の誹謗中傷の手紙が広がり、続いて殺人まで起きてしまう村です。人々は表向きは噂話が娯楽で、あまり知られたくないようなことも直ぐに広まってしまいます。
匿名の手紙を受け取ったときに、受けとった人はどうするか、それを見た人たちはどう思うか、狭い村社会は娯楽に飢えており、そんなことが楽しみになっています。表向きは上品に「そんな内容を信じているわけ無い」と言いながらも、「火の無いところに煙は立たない」とも言います。
これだけ書くと嫌な村ですが、そんな感じにさせないのが主人公兄妹です。あくまで面白がる姿勢を変えず、陽気なため読んでいて嫌な気になりません。
ロマンス
汽車に引っ張り上げるシーンはなんとも突然に感じます。しかし、ラストのユーモアの効いた妹のプレゼントと話を聞くと、また面白さが違います。
初対面では不器用な女であり、馬だと表現していることを思うと驚きですが、知的な話ができることや素材はいいことなど、田舎の村で抑圧されている若い女性が劇的に変わる姿や他の女性との描かれ方の違いなど、どこか気になるところから心惹かれるところまで分かればにやにやさせられます。
さいごに
ミス・マープルのシリーズとして読むと、あまりに出てこないところに物足りなさがありますし、物語の読みやすさからストーリーを優先してしまい、ミスリードに載せられてしまうが、ミステリとして読むとシンプルなため、ミステリとしては物足りなさがあります。
しかし、それらを補うほどの村人たちの人間模様の描写がうまく、そこにロマンスもあり、ややブラックなユーモアの効いたコメディとして読むと、マープルもののミステリとして弱いことが気になりません。
ちなみに、犯人が最初に考えていた人物像と異なる原因を語るシーンがあるのですが、それがなかなかユーモアの効いたものだと思いました。その人物像だと手紙の内容はもっとえげつなくなるというものです。
本作は様々な女性が出てくる話ですが、クリスティの見る女性像というのはなかなか厳しいですね。
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