ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)を読み終えました。以下はその感想です。
永遠のロングセラー
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』は、初版が1980年5月23日と古いです。私の手許にあるのは93版で2014年2月21日です。2018年に100刷、2023年には104刷に達しました。それだけ読まれ続けるベストセラーです。
あらためて今、再読しても面白く、帯に書かれている永遠のロングセラーも納得です。面白いところは一つだけでなくいくつもあります。私の場合は以下の五つが面白いと感じました。
- 推論と事実が組み合わさって前進する展開。
- 研究者たちのやりとり。
- 異なる分野が結びつく展開。
- 魅力的な登場人物。
- 最も面白く、読後感を最高にしている最後の一文。
……などなどです。
推論と事実が組み合わさって前進する展開
「月面で発見されたどの月面基地にも所属していない5万年前に亡くなっていた死体が何者なのか」を調べていく過程がとにかく面白いです。推論もしくは発想力豊かな様々な論を展開し、それらを別の推論や調査の事実が否定、もしくは肯定していきます。ミステリーだと証言と証拠の組み合わせなのですが、本作ではそれが推論と事実の組み合わせです。
科学的に難しい説明もあるのですが、読み飛ばし気味に読んでも組み合わさって前進する展開は分かりますので、組み合わさっていく展開とその熱量だけでも十分に面白いです。
研究者たちのやりとり
例えば、物語では死体をスキャンして地球の人間と同じかどうか調べた結果、ほぼ同じであるという結果が出ます。ではこの死体の彼は我々人間から見ると五万年以上前に分かれた同一の種族なのか、違うのか、つまり地球から離れて月へ行ったのか、どこからか月へ来たのかなどが語られます。
このやりとりの中で特に強い事実と論で推し進める者もいれば、そうでない者もいれば、中立的な者もいます。彼らのやりとりは知的興奮が刺激され面白さを感じるところです。
異なる分野が結びつく展開
各分野の一流を集めた結果、いつの間にかそこだけを研究して周りが見えていないことがあります。主人公のハントはその間を歩く役割をしており、様々な結びつきのヒントや思いつきを残していきます。
その結果、新たな発見が見つかり、さらにその発見が別の発見を見つけて……と話は進みます。その際に思いついたことを驚きと共に早口でしゃべっているんだろうなぁと思わせる発言をする科学者もいて会議がざわつくなど知的興奮の渦を愉しめるのが面白いです。
だからといって、本題のこの死体はどこからなのか?の答えがすぐに出るわけではありません。それでも本題の周辺で発生する発見の数珠つなぎはまるでこのプロジェクトに参加しているかのように熱くなるところがあります。
魅力的な登場人物
ヴィクター・ハントとクリス・ダンチェッカー
描かれ方が違う二人が主軸となって物語が進みます。比較するとハントは「触媒として場を動かす人物」であり、ダンチェカーは「原理原則を守る人物」です。
ヴィクター・ハント
管理者ではないが部門を渡り歩く権限を持っている原子物理学者です。
本人の持つスキルもさることながら、会議で一石を投じたり、情報のハブとなったり、フィールドワークも行います。指揮命令系統はシンプルで上官が一人だけです。部門あるがハントしかいない。そういうポジションの人です。情報を結びつけるだけで無く「触媒」として活躍します。以下は、会議で促されて発言された際のやりとりです。
敢えて言わせていただくなら、あなたの態度は少々狭量にすぎます。それでは問題を正確に分析し、結果を正当に評価し難いのではありませんか。あなたはすでに最終的な結論はこうでなくてはならない、という考えに凝り固まっているようですね
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、96ページ。
この後、相手が言い返す隙を与えず上司のコールドウェルが会議を進めることで、停滞気味な会議に活が入り、研究者たちの意欲がかき立てられます。
現実世界なら一度はなってみたいポジションです。会社だと部門をまたごうにも権限が無くても派閥はあり、サラリーマンとしては労して得るものが少ないのが現実なのですが、ハントの場合はそうではありません。
そして、いつか彼は各領域の活動全体を見渡し、大所高所から研究調査の実態を包括的に概観することができるようになった。同時に、彼は自分が頭の中に描いている全体像を等しくその視野に捉えているのは機関の内部でも極く限られた特権的な地位にある者だけであることに気付いていた。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、103ページ。
現実だと領域の活動は部分しか見えず、情報は欠落しているでしょうから大変羨ましいです。
物語の中盤でハントはレポートを出すのですが、その際の描写は似たような経験をした人は多いと思います。
二日目の夜、ハントはついに一睡もせず、煙草を一箱空にし、コーヒーを何杯も何杯も飲みながらじっとホテルの壁を見つめ、新しく得た知識を頭の中で考えられる限りあらゆる角度から分析した。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、140ページ。
クリス・ダンチェッカー
権威的で頭の固そうな感じが嫌な感じの人物です。序盤にダンチェッカーに対してハントの考えていたことを引用します。
教授に対するハントの嫌悪は別のところにあった。ハントはそれをあるがままの事実と受け取り、いたずらに理屈をつけて自分の気持ちを騙すつもりはなかった。要するに、ダンチェッカーの何もかもが気に入らないのだ。ダンチェッカーは痩せていすぎる。着ている服はあまりにも古めかしい。その服をダンチェッカーは、まるで洗濯物を干しでもするようにまとっている。時代遅れな金縁眼鏡は笑止千万だ。もったいぶった丁寧な話し方は不愉快である。彼は果たして、生まれてこの方笑ったことが一度でもあるだろうか。干からびた皮膚で真空パックされた頭……。ハントは漫然とそんなことを考えていた。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、83ページ。
そこまで嫌わないでも……と思いますが、出会って最初の説明を聞いたときからそう思ってしまうような不愉快さがあります。しかし、彼自信は非常に強力で会議では何度も自分の意見を強く主張し、反論にも負けません。物語が進む中で何度でも立ち塞がってきます。
ではそれだけ嫌な奴なのかというとそうではなく、ダンチェッカーにはダンチェッカーの考えがあり、人間性が見えてくるのも面白いです。
一部に意外と見る向きもあったが、ダンチェッカーはグループLへの協力を惜しまず、定期的に最新の情報を全面的に公開した。もっとも、これは教授に心境の変化があったためではなく、持って生まれた序列の感覚のなせる業だった。ダンチェッカーは形式を重んずる男である。情報提供が組織の命ずる形式上の手続きとあれば、彼は厳密にそれに従うまでのことだった。さりながら、ルナリアンの起源についてはダンチェッカーは頑として自説を枉げず、一歩たりとも後へは退かなかった。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、123ページ。
ダンチェッカーは翌朝八時までとうとう研究室から一歩も出なかった。一週間後、教授はとかく疑いの目でものを見るヴィック・ハントに向かって言った。「この魚は地球上のどこの海のものでもありません。この惑星にかつて存在したいかなる生物から進化したものでもない。いかなる意味においても、地球の生物とは何の繋がりもないのです。」
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、128ページ。
p128からの引用は読んでいないと何のことか分からないと思います。しかし、これをハントに言えるのだからダンチェッカーはすごいです。学級の徒なんだなと。
「彼は果たして、生まれてこの方笑ったことが一度でもあるだろうか。」(83ページ)とハントに思われているダンチェッカーですが、物語の後半にもなると可愛げが出てきます。
冗談だった。何とダンチェッカーは自分から冗談を言ったのだ。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、223ページ。
ダンチェッカーはクリスマス・イヴを迎えた小学生のようにはしゃぎながらファクシミリの資料やカラー写真をひっくり返し、興奮してしゃべり続けていた。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、249ページ。
ここまでくるとハントは狂言回しでダンチェッカーが主人公じゃないかと思うほどです。その極めつけがエピローグ前の宣言のような台詞です。数ページ続くので最後のページ分のみ引用します。
「その結果が、今日わたしたちが見ている世界だ。われわれ人類は今、押しも押されもせぬ太陽系の支配者として、五万年前のルナリアンと同じように恒星間空間のとばくちに立っている」
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、293ページ。
ダンチェッカーはグラスをそっとテーブルに置き、ゆっくりと部屋の中央に進み出た。彼は貫くような目で研究者たち一人一人を順に見据えた。彼は話を結んだ。「というわけで、諸君、恒星宇宙はわれわれが祖先から受け継ぐべき遺産なのだ。
「ならば、行ってわれわれの正当な遺産を要求しようではないか。われわれの伝統には、敗北の概念はない。今日は恒星を、明日は銀河系外星雲を。宇宙のいかなる力も、われわれを止めることはできないのだ」
こうして本の題名『星を継ぐもの』を回収する宣言をして話は終わります。しかし、エピローグではこの宣言以上に読後感を最高にしている一文があります。
読後感を最高にしている最後の一文
帯に彫られていた文字は、翻訳すれば<コリエル>と読めたはずである。
ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』池央耿訳、東京創元社(創元SF文庫)、2014年2月21日第93版、299ページ。
たしかに『星を継ぐもの』であり、人によってはすっかり忘れていた(私の初読の時は「コリエル?」となりました)プロローグの結末を回収できたことに気付くことになります。故にこの最後の一文が読後感を最高にして、本書が永遠のロングセラーになっているだと思います。


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